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浪漫坂下バス停

 浪漫坂下バス停 17時10分
 夕日が沈む直前に 異界行きのバスが出る

「ほらほら! あと一分だよ!」
 腕時計と時刻表を代わりばんこに睨みつけ、鼻息荒く告げる友人に、やれやれと溜息を漏らす。
「それの時刻表、十年前のじゃん」
 バス路線が廃止されて十年。なぜか撤去されずに残っているバス停には、当時の時刻表が貼られたままだ。しかも17時10分のバスは休日ダイヤ。そして今日は平日ど真ん中の水曜日である。
「だって切符が届いたんだもん! ゆめみの町七不思議・その二十! 『浪漫坂下バス停の怪』を解き明かす日が来るなんて! 夢のようだよ!」
 なんで路線バスに切符がいるのかとか、七不思議なのになぜ七以上あるのか、という野暮なツッコミには飽きたので、もうしない。
「ありがとね、さいごのわがままに付き合ってくれて」
「何を今更。ほら、もう時間じゃないの?」
「あっ、ほんとだ!」
 時計の針がかちりと動く。夕日の残滓が空に散らばる。
 バスどころか車一台通りゃしない。やっぱり、七不思議なんて嘘っぱち――

 ニャオーン♪

 賑やかな鳴き声を響かせて、巨大な猫が停留所へと滑り込んでくる。
 金色の瞳はヘッドライト。額には『西方』の行先表示器。
『お待たせしました、にゃんこバスです!』
 運転手でも車掌でもなく、バスそのものが話しかけてくるというのも、なかなか斬新だ。
「えっとこれ商標大丈夫?」
『にゃんこバス! ですから!』
 得意げな顔で言ってのけ、むふふと三日月のような笑みを浮かべる。巨大な猫の顔は某アニメのあれというよりも、不思議の国に生息するあっちに似ていた。
『切符を拝見――はい、どうも。自由席ですから、お好きな座席にどうぞ!』
 うにょん、と開いた出入口に躊躇なく飛び込み、最後列の特等席に陣取った友人は、満面の笑みで手を振る。
「それじゃあ行ってくるね!」
 片道切符の旅路だというのに、なんでそんなに楽しそうなんだか。
「気を付けてね」
 何か気の利いた台詞を言えればよかったのに、口から出たのは結局のところ、そんな何でもない言葉で。
 だけど彼女は嬉しそうに笑って、うんうんと大きく頷いてみせた。

『にゃんこバス・西方行き。発車いたしまーす』

 軽やかに地面を蹴り、赤く染まった空へと飛び出していくにゃんこバス。
 あのバスなら、どんな長旅になったとしても、きっと退屈しないだろう。

おわり


 300字SSポストカードラリー用に思いついたネタだったのですが、長くなった&ちょっと商標的にアレだったので(笑) 削らずサイト用にしました。
 元ネタは「火車」(亡者を地獄へと運ぶ猫の妖怪)だったんですが、ほら、妖怪ってその時代に生きる人間の想像力如何でいくらでも姿を変えるっていうじゃないですか。
 こういう「お迎え」もありなんじゃないかなーと思って。
 それにしても、前回の「吹上坂」といい、今回の「浪漫坂」といい、ゆめみの町は坂の多い町ですね。(他人事のように)
2019.06.04


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